大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和30年(ヨ)3764号 決定

債権者 青木市五郎 外一二五名

債務者 国

訴訟代理人 豊水道祐 外三名

主文

本件申請を却下する。

訴訟費用は、債権者等の負担とする。

理由

債権者等訴訟代理人は、「債務者は、別紙物件目録記載の土地に立ち入つてはならない。債権者等の委任する東京地方裁判所執行吏は、右命令の趣旨を公示するため適当な処置をとらなければならない。」との裁判を求めた。そして、その理由とするところの要旨は、次のとおりである。

(申請理由)(要旨)

一、申請人等は、いずれも、別紙目録記載の土地の所有者であり、かつ、右土地を宅地あるいは農地として使用し、これを占有しているものである。

二、ところで、債務者国の機関である東京調達局長は、債務者国がアメリカ合衆国政府の要求に基き、現在駐留軍の用に供している立川飛行場を拡張するについて、右飛行場に隣接する別紙目録記載の土地を収用する準備のため必要があるとして、昭和三十年六月三十日及び同年七月一日の二回にわたり、部下の職員たる東京調達局次長等十数名を差向けて、右土地に立ち入り、その測量を開始しようとした。

三、しかしながら、右立入行為は、決定の手続をふまない違法のものである。すなわち債務者国が駐留軍の用に供するため土地等を使用又は収用する行為として、その土地等に立ち入り、測量又は調査をするには日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法に特に定めてある手続をふむほか、同法第十四条により適用せられる土地収用法第十一条第十二条に規定せられるすべての手続をふんだ後に、これをしなければならないにかかわらず、東京調達局長は本件土地に立ち入り、測量又は調査をすることについて、その立ち入ろうとする区域及び期間を、同年六月六日東京都知事に通知し、同知事において同年六月十一日これを公告し、次いで東京調達局長は同年同月十四日立入の日時及び場所を砂川町長に通知したから、これによつて同法第十一条及び第十二条第一項に規定する手続は、ふんだが、同町長はいまだ本件土地の占有者である債権者等にその通知をしないから、同法第十二条第二項以下に規定されている手続は履行されていない。

しかし、同法第十二条第二項に定められている市町村長の土地占有者に対する通知は調達局長又はその命を受けた職員が土地に立ち入る権限を取得する具体的な要件を定めたものと解すべきであるから、砂川町長から、土地の占有者である債権者等に対して、右の通知がされない以上、東京調達局長の本件土地に対する立入権は、いまだ発生せず、従つて、同局長又はその命を受けた者が、この手続がされないうちに、本件土地に立ち入るのは、違法といわなければならない。

四、しかるに、同局次長等は、今後も、継続して、強制的に本件土地に立ち入り、測量をする旨言明しているので、いつまた本件土地に立ち入り、債権者等の所有権を侵害するかも知れない状態にあり、債権者等は日夜不安の中に過し、居住の安全は期し得ないので、その精神上の損害は大きいものがあるばかりでなく、本件土地には債権者等が栽培する農作物が生育しているので、この土地に立ち入られると、これらの農作物がふみ荒されるおそれがある。殊に現在陸稲その他の作物に薬剤をふりかける時期になつているが、これ等の薬剤中には人体に有害なものもあるので、本件土地に立ち入る者がある場合には、この薬剤をふりかけることを中止しなければならないから、この結果作物に蒙る損害も甚大である。

五、よつて、債権者等は債務者国に対し別紙目録記載の土地につき所有権に基く妨害予防請求の訴を提起すべく準備中であるが、債権者等の蒙る上記のような著しい損害を避け、また東京調達局長等の急迫な強暴を防ぐため必要があるので、債権者に対し、本件土地に対する立入禁止の仮処分を求めるものである。

六、なお、東京調達局長が本件土地に立ち入る行為は、国の行政権の行使としてされるものではない。土地収用法は一般に起業者に対して右のような立入権を賦与するのであつて、本件の場合においても同局長は起業者としての地位において、この立入権を与えられるに過ぎない。そして起業者が同法所定の土地に立ち入るのは、国が権力的な行政作用として国民の財産権に制約を加える場合とは全く趣を異にし、私法上の権利としてされるものである。

されば、本件仮処分申請はこれによつて債務者国の公権力の行使を阻止しようとするものではない。

仮りに、本件立入行為が債務者国の公権力の行使としてされるものであるとしても、行政事件訴訟特例法第十条第七項によつて仮処分に関する民事訴訟法の規定の適用が排除されるのは、行政庁の処分についてのみであつて、その他の公法上の権利関係に関する争訟については行政事件訴訟特例法の右条項の適用はないものと解すべきである。しかるに、本件においては、行政庁の処分はいまだ存在せず、本件仮処分申請は、東京調達局長の本件土地に対する立入権がまだ発生していないことを理由とするものであるから、民事訴訟法の仮処分の規定の適用が排除さるべきではない。

(当裁判所の判断)

しかしながら、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法第十四条により適用される土地収用法第十一条の規定による調達局長の土地等に対する立入権は公法上の権利であることは、その権利の性質上明白であり、従つて、その行使は公権力の行使に外ならないといわざるを得ない。しかして、行政事件訴訟特例法第十条第七項の規定は、三権分立の原則に基く司法権と行政権との関係を考慮すると一般に公権力の行使を阻止するについては、行政庁の処分の取消変更を求める場合であると、その他の公法上の権利関係の争訟の場合であるとを問わず、すべて同条第二項の規定による執行停止の方法によるべく、民事訴訟法の仮処分に関する規定によることは許さない趣旨と解するのを相当とするから、債務者国の機関である東京調達局長の前記法条に基く立入権の行使を阻止することを目的とする債権者等の本件仮処分申請は行政事件訴訟特例法の右条項に照し、不適法といわなければならない。

よつて、債権者等の本件申請を却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 三宅正雄 松永信和 田中恒朗)

目録〈省略〉

仮処分命令申請

申請の趣旨

被申請人は別紙物件目録記載の土地に立入つてはならない。申請人等の委任する東京地方裁判所執行吏は右命令の趣旨を公示する為適当な処置をとらなければならない。

との御裁判を求める。

申請の理由

一、別紙物件目録記載の土地は各々申請人等の所有である。

二、ところが同年六月三十日並に七月一日東京特別調達局次長等十数名が適法な手続を踏むことなく砂川町五日市街道四番組五番組地先に来所し申請人等の土地等の測量を開始せんとした。

三、而してその際右次長等は今後も継続して土地等に立入り強制的に測量をする旨言明した。

四、右の推移からも明らかなように、被申請人は向時申請人等所有の土地に立入り所有権を侵害するかも知れない状態にあつて、申請人等は日夜不安の中にすごし、到底居住の安定は期し得ず精神上甚大な苦痛を蒙つており、又万一土地等に立入調査されるにおいては日頃の汗の結晶である農作物等の損害は甚大なものがあつて精神上、物質上その苦痛は図り知れないものがある。

五、そこで申請人等は所有権に基く妨害予防の本訴を提起しようと準備中であるが、その確定をまつまでの間現在の急迫なる強暴を防ぐ緊急の必要がある。

六、よつて本件申請に及んだ次第である。

(昭和三十年七月二日付)

答弁書

申請の趣旨に対する答弁

申請人等の申請を却下する。

との決定を求める。

申請の却下を求める理由

本件申請は、三権分立上、仮処分をもつて禁止を命ずることのできない行為について、その禁止を命ずることを求めるものであるから、不適法な申請である。

被申請人の機関である東京調達局長は、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」(以下「特別措置法」という。)一四条、同法施行令四条、土地収用法一一条一項但書、三項及び四項に基いて土地に立ち入る権限を取得したのであるが、右立入の権限は、私法上の権利ではなく、公法上の公権力(行政権)であり、東京調達局長は、右条項により公権力(行政権)を賦与されたものであるから、右権限に基く立入は、公権力(政行権)の行使に外ならない。しかして、本件申請は、要するに、右公権力(行政権)の行使として行われる立入を仮処分をもつて阻止することを求めるものである。しかしながら、およそ、私人間の民事関係における私人の私法行為は、仮処分をもつて阻止することはできるが、仮処分をもつて、公権力(行政権)の行使を阻止することはできない。けだし、裁判所は、三権分立の原則上、固有の司法権の作用として、行政訴訟の形式で、行政処分の違法を審査し、判決をもつて、これを取消し、又はその無効を確認することはできるが、固有の司法権の作用としては、これ以外の方法で公権力(行政権)の活動を阻止することはできず、ただ、行政事件訴訟特例法一〇条二項によつて賦与された形式的な司法権の作用として、行政処分の執行停止を命じ得るに止まるからである(なお、行政事件訴訟特例法一〇条七項参照)。このことは、本案の訴が民事訴訟上の請求であつても、同様であつて、かかる民事訴訟上の請求を本案の訴としても、裁判所は、三権分立上公権力(行政権)の行使を阻止するような仮処分をすることはできない(同旨、兼子一・民事訴訟法-弘交堂刊法律学講座-III 四〇六頁註二、同・増補強制執行法三二五頁以下、なお、菊井維大・村松俊夫・仮差押仮処分-青林書院刊実務法律講座18-三四三頁、田中二郎・行政法上巻三六七頁参照)。この理は、所有権又は占有権に基く妨害予防の請求を本案の訴として、警察官職務執行法六条一項、風俗営業取締法六条一項、興業場法五条一項、消防法四条一項、三四条一項、火薬類取締法四三条一項等に基き公権力の行使として行われる立入を、仮処分をもつて禁止することが許されるか否かを考え合せれば、自ら明らかである。

以上のように本件仮処分申請は、三権分立上仮処分が許されない事項について、仮処分を求める不適法なものであるから、却下さるべきである。

申請の理由に対する答弁

第一項 不知

第二項 昭和三〇年六月三〇日及び七月一日に東京調達局次長等十数名が砂川町五日市街道四番組、五番組地先道路上において、右街道を測量しようとしたことは、認めるが、その余の事実は、否認する。

第三項 その際東京調達局の係官が今後も継続して土地等に立ち入り、合法的に測量する旨を言明したことは、認めるが、その余の事実は、否認する。なお、本件について速かに裁判を得られれば、被申請人は、その裁判を尊重するため、その裁判のあるまでは、申請書添付の物件目録記載の土地に立ち入つて測量はしない方針である(疏第一号証中の五項)。

第四項及び第五項 争う。

被申請人の主張

第一本件の経緯

米国は、昭和二九年三月一五日に開催された日米合同委員会施設委員会において、日本政府に対し、現在米国が提供を受けている立川飛行場は、ヂエット飛行機及び重塔載用輸送機の発着等のためには狭隘なので、その拡張の用地として右飛行場に隣接する五万余坪の土地の提供を要求した。そこで日本政府は、右飛行場に隣接する(一)東京都北多摩郡砂川町字所沢道東及び同町字大山道東地内の土地(合計約五万坪)(以下「(一)の土地」という。)又は(二)同町字大山道西、同町字中神道及び同町字福島道地内の土地(合計約六万坪)(以下「(二)の土地」という。)が、右提供土地として適当であるか否、いいかえれば、右土地が特別措置法三条の要件を具備するか否を判断する資料を蒐集するため、右土地に立ち入る心要が生じた(疏乙第一号証中の一項)。そこで、

一 東京調達局長は、特別措置法一四条、同法施行令四条及び土地収用法一一条一項但書に基き、東京都知事に対し、(一)の土地については、昭和三〇年六月六日立入期間を同月二〇日から同年八月三一日までとする通知を(疏乙第二号証)、(二)の土地については、同年六月二〇日立入期間を同月二九日から同年八月三一日までとする通知をした(疏乙第三号証)。

二 東京都知事は、特別措置法一四条、同法施行令四条及び土地収用法一一条四項に基き、東京都公報をもつて、(一)の土地については、昭和三〇年六月一一日、(二)の土地については、同月二三日、それぞれ調達局長の名称を東京調達局長、立入期間をそれぞれ右一掲記の期間とする公告をした(疏乙第四、五号証)。

三 東京調達局長は、特別措置法一四条、同法施行令四条及び土地収用法一二条一項に基き、いずれも砂川町長に対し、内容証明郵便をもつて、(一)の土地については、(a)昭和三〇年六月一四日立入の日時を同月二一日から同年八月三一日まで(毎日午前八時から午後六時まで)、立入場所を右(一)の土地とする通知をし(疏乙第六号証)、さらに、(b)同年七月七日立入の日時を七月一六日年前八時から同年八月三一日午後六時まで(但し、毎日午後六時から翌日午前八時までを除く)、立入場所を右(一)の土地とする通知をし(疏乙第七号証)、(二)の土地については、(c)同年六月三〇日立入の日時を同年七月六日から同年八月三一日まで(毎日午前八時から午後六時まで)、立入場所を右(二)の土地とする通知をし(疏乙第八号証)、さらに、(d)同年七月七日立入の日時を右(b)と同一、立入場所を右(二)の土地とする通知をした(疏乙第七号証)。なお、右(b)及び(d)記載のように、立入日時を昭和三〇年七月一六日午前八時からとした理由は、前記(申請の理由に対する答弁第三項)のように、本件について、速かに(七月一五日までに)裁判があれば、そ裁判の結果を尊重すのるために、それまでは立ち入らないこととしたからである。

四 砂川町長は、東京調達局長から前記三(a)及び(c)記載の通知を受けたにもかかわらず、特別措置法一四条、同法施行令四条及び土地収用法一二条二項に定める法規上の義務に違反し東京調達局の職員等が右(一)及び(二)の土地に立ち入ることを妨害する意図の下に、右条項に基く土地の占有者に対する通知又は公告をしなかつたので、東京都副知事佐藤基及び東京都外務室長高瀬侍郎等は、砂川町長に対し右通知又は公告をするよう勧告したが、砂川町長はこれに応じなかつた。そこで、東京調達局長は、やむを得ず、昭和三〇年六月二二日右(一)の土地の占有者に対し右三(a)記載と同一内容の通知をした(疏乙第一号証中の四項)。さらに、砂川町長の右態度に徴すれば、前記三(b)及び(d)の通知を受けても、土地の占有者に対しその旨の通知又は公告をしないことは明白なので、東京調達局長は、同年七月七日(一)及び(二)の土地の占有者に対し、書留郵便をもつて、右三(b)及び(d)記載と同一内容の通知をした(疏乙第一号証中の四項)。

第二申請人等は、被保全請求権を有しない。

申請人等が本件仮処分によつて保全しようとする請求権が、所有権に基く妨害予防請求権であることは、申請書に徴し明白である。

特別措置法、同法施行令及び土地収用法の規定に徴すれば、調達局長は、特別措置法一四条、同法施行令四条及び土地収用法一一条一項但書により、都道府県知事に対し通知をすれば、土地収用法一一条三項の規定から明らかなように、これによつて、国からその通知した期間通知した区域に立ち入る権限の賦与を受け、さらに、右特別措置法の法令及び土地収用法一一条四項に規定する土地の占有者に対する通知又は公告があれば、これによつて、土地の占有者は調達局長が右立入権を有することを知るものであるから、右通知又は公告によつて、土地の占有者は、右立入を受認すべき義務を負うものと解すべきであり、さらに、右特別措置法の法令及び土地収用法一二条一項に規定する市町村長に対する通知があれば、これによつて、立入の手続は完了し、調達局長は、適法に土地に立ち入ることができるものと解すべきである。(同旨、高田賢造・国宗正義・土地収用法-日本評論新社刊法律学体系コメンタール篇22-七四頁註(5) 、なお、別添建設省計画局長回答参照)。これを本件についてみれば、前記第一の一から三までに記載したように、右の手続は、すべて適法になされたものであるから、被申請人は、適法に(一)及び(二)の土地に立ち入る権限を有し、右(一)及び(二)の土地所有者は、この立入を拒むことはできないものである。

かりに百歩を譲つて、市町村長の土地占有者に対する通知又は公告を規定している特別措置法一四条、同法施行令四条及び土地収用法一二条二項の規定が、調達局長の有する土地立入権行使の手続を定めたものであると解するとしても、右規定の趣旨は、調達局長が一定期間一定区域の土地に対して有する立入権が、右期間中の何時及び右区域中のいかなる場所において行使されるかを、市町村長を通じて、土地占有者に知らしめ、これによつて、土地占有者を保護せんとする趣旨に外ならない。従つて、かりに、市町村長が故意又は過失によつて土地占有者に対する右通知及び公告を怠つたとしても、調達局長が直接土地占有者に対し市町村長のなすべき通知と同一内容の通知をすれば、右規定によつて土地占有者を保護せんとする趣旨は十分達成されるものであるから、調達局長が土地占有者に対し右通知をした以上、これによつて、立入権行使の手続要件は充足されたものと解すべきである。これを本件についてみるに、前記第一の四に記載したように、東京調達局長は、(一)及び(二)の土地の占有者に対し、砂川町長のなすべき通知の内容、即ち、立入の日時及び場所を通知しているのであるから、被申請人は、適法に右(一)及び(二)の土地に立ち入ることができるものである。

以上のように、被申請人は、適法に右(一)及び(二)の土地に立ち入ることができるものであるから、かりに、申請人等が右(一)又は(二)の土地につき所有権を有するとするも、申請人等は、被申請人の右立入を受忍すべき義務を負い、所有権に基く物上請求権として、被申請人の右立入の禁止を求める妨害予防請求権を有しない。

第三本件申請は、保全の必要がない。

一 (一)及び(二)以外の土地については、全く仮処分の必要がない。

第一の冒頭に記載したように、被申請人は、(一)及び(二)の土地についてのみ立ち入ろうとするものであつて、それ以外の土地に立ち入ることは全くない(疏乙第一号証中の二項)から申請書添付の物件目録記載の土地中(一)及び(二)以外の土地に対する立入の禁止を求める部分は、全くその保全の必要がない。

二 (一)及び(二)の土地についても、仮処分の必要がない。

申請人等が仮処分を求める必要として主張する事由が、民事訴訟法七六〇条の「急迫ナル強暴ヲ防ク為メ」であることは申請書に徴し明白であるしかしてこの急迫なる強暴とは、現に権利の実行を困難ならしめ、又は無益に帰せしめるような損害を蒙らしめる強迫暴行をいうのであるが、この場合の仮処分の必要性の有無も、当然仮処分申請が認容されることによつて、被申請人が蒙る損害と比較考慮の上決せらるべきものであることは、いうまでもない。

(1) 被申請人が右(一)及び(二)の土地に立ち入つても、申請人等は、何等の損害も蒙らない。

第一の冒頭に記載したように、被申請人が本件(一)及び(二)の土地に立ち入るのは、右土地が特別措置法三条の要件を具備するか否を判断する資料を蒐集するためであるから、その立入の目的は、右(一)及び(二)の土地の面積の測量を主とするものであつて、時宜によつては、右土地上の立竹木、立毛及び建物等の状況を調査することがあるに止まるものである(疏乙第一号証中の二項)。しかして、右測量及び調査は、公道、私道及び畦畔において行うものであり、ただ、面積の測量の必要上、道路又は畦畔に抗を立てる程度のものである。従つて、右測量及び調査のために、耕作物を踏み荒したり、又は耕作を妨害することによつて、農耕上の損害を蒙らしめることは、全くなく、また、原則として宅地等に立ち入ることもない。もし、宅地等に立ち入る必要が生じた場合には、法定の手続(土地収用法一二条三項、一四条、九一条)を経た上で行うものであるから、これによつて、居住の安定等を害することも、全くない(一乙第一号証中の三項)。以上から明らかなように、被申請人が本件(一)及び(二)の土地に立入つて測量及び調査をしても、これによつて、申請人等の蒙る損害は、皆無である。

なお、本月五日の審訊期日において、立入の日数及び人数について釈明があつたので、この点を明らかにする。立ち入つて測量及び調査をするのに要する実日数は約四〇日であり、立ち入る人数は一日約三〇人である(疏乙第一号証中の三項)。従つて、本件(一)及び(二)の土地の総面積約一疏〇、〇〇〇坪(第一の冒頭の記載参照)に延約一、二〇〇人が立ち入ることになるから、一坪当り約〇、一人が立ち入ることになる。

(2) 本件仮処分申請が認容された場合には、被申請人の蒙る損害は甚大である。

わが国は、日本国の防衛のために、国会の承認を得て、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(以下「安全保障条約」という。)を締結し、さらに、この条約に基いて、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定」(以下「行政協定」という。)を締結した。本件仮処分申請が認容され、(一)及び(二)の土地に立ち入つて測量及び調査をすることが禁止されれば、もし、右(一)及び(二)の土地が、日本国の防衛のため特別措置法を適用して米国に提供する必要のある土地である場合には、それにもかかわらず、その提供が不可能となり、ひいては、日本国における大規模の内乱及び騒じようを含めて外部からの武力攻撃に対する安全(安全保障条約一条参照)を保持するに支障を来たす虞なしとしない。のみならず、日本国は、右安全保障条約及び行政協定に基き、米国に対し右条約第一条に掲げる目的の遂行に必要な土地の使用を許すことに同意した(行政協定二条一項)が、前記第一項の冒頭に記載したように、米国から立川飛行場の拡張のための用地の提供の要求があつたにもかかわらず、本件仮処分申請が認容されることによつて、被申請人が右(一)及び(二)の土地が提供するに適当な土地であるか否を判断する資料の蒐集さえできないことになれば、日本国の米国に対する前記義務の履行は不可能になり、国際信義に反するのみならず、外交上も困難な事態を生ずる虞なしとしない。右から明かなように、本件仮処分申請が認容された場合には、被申請人である国の蒙る損害は、まことに甚大であるといわなければならない。

以上のように、本件仮処分申請が却下されても、申請人等の蒙る損害は皆無であるのに対し、本件仮処分申請が認容された場合には、被申請人の蒙る損害は甚大であるから、本件仮処分は、全くその必要がない。

(昭和三十年七月八日付)

準備書面(一)

第一、被申請人の本案前の抗弁について。

一、(調達局長の立入行為の法律上の性質)

被申請人は、東京調達局長(以下単に局長という)の立入行為は、行政権の行使である、と説く。

しかしながら、右局長の立入が土地収用法(以下単に収用法という)第十一条第一項但書にもとずくことを考えると、右立入行為は、収用法上の起業者の行為として論究されるべきであつて、その起業者が行政官庁なりや否やという形式論からその性質を論ずべきではない。

したがつて、収用法が第十一条以下に事業の準備行為として立入その他の規定をおいた趣旨を考えてみるに、同規定は、起業の性質が概括的に公共性をもつといえる場合に(それが確定されるのは、事業の認定処分があつたとき)、その公共性の故に、第十一条以下の諸手続をふんだ上で、その起業者に立入を認容することとしたものであつて、起業者の立入の権限は、第十一条以下の諸手続によりその起業者に認可されたものである。

すなわち、右立入の認容は、起業の性質(公共性)に原因するものであつて、起業者が行政官庁なりや否やとは関係ないことである。

第十一条第一項但書は、起業者が国であるときに、同項の手続を一般の場合の「許可」にかえるに「通知」としたのみであつて、それ以上の特権を行政官庁に与えたものということはできない。

二、(本件事業の性質とその準備行為との関連)

被申請人は答弁書三頁以下において、警察官職務執行法以下の法令による立入権と本件立入行為との法律上の性質を同視するかのように説いているが、これは全くの誤解である。

その所掲の法令は、いずれも国の統治権の直接の作用として、治安の維持、犯罪の捜査等を目的とする、いわゆる「権力的行政作用」であるが、本件立入は、国が飛行場という「公物」の設定を目的とするものであり、同じく国の事務ではあつても、前者と異り、いわゆる「非権力的行政作用」に属すると解すべきである。

収用法の法体系は、憲法第二十九条第三項をうけて、その下位法として、その収用せんとする事業が「公共のため」といえる場合にかぎり、これを所定の手続を経た上で収用することを規定したものであるが、その事業の公共性の認定に至る手続の諸段階は、起業者のために(公共のために)、その対象となる国民の財産権の制約を生ずる諸手続であり、それは財産権の内在的な公共性からくる制約が、その諸手続に反映され具現されてゆくのであつて、国の行政機関がそれ自体統治権の作用として財産権に制約を加えるのとは、全く趣を異にするものである。

以上で明らかなように、本件立入を行政官庁の行為であることの故を以て民事訴訟の目的とならないとする被申請人の論の失当であることは明白である。

三、(行政事件訴訟特例法第十条について)

右特例法第十条第七項は、その文言上明らかなように、同条第一項をうけて、抗告訴訟について、これを本案とする仮処分の規定の排除をうたつているものであつて、一般に行政庁の行為につき仮処分制度を排除するものということはできない。

被申請人の主張のような学説は存するが、これに反する学説もまた存するものであつて、前者の抗告訴訟そのものの保全訴訟について説いていることはその学説の所論に明白に看取されるところであるが、これを以て、直ちに、本件のような立入について直ちに同一の結論を出すことは早計である。

けだし、その学説の説くところは、「行政処分」についてその違法性の審判に先立つて、その行政処分の執行を停止することの可否について仮処分制度を排斥しているのであつて、本件における場合のように、行政庁の処分は存在せず(訴訟の目的ではなく)行政庁の立入なる事業行為を適法に為しうる権限が未発生であることを請求原因とするにおいては、仮処分手続を排除しえないものといわなければならない。

(註)柳川真佐夫「保全訴訟」第四一頁以下。 判例タイムズ第六号二七頁以下。

第二、(土地収用法第十二条第二項の意義)

一、(起業者の立入権の発生の時期)

被申請人の主張は、収用法第十一条第一項但書による起業者(国)の通知が都知事に送達されたときに立入権が適法にその発生条件を充たすと解するようであるが、この解釈は、同条本文の都道府県知事の「許可」とそれにつずく法所定の公告ないし通知の法律上の性質を誤解するものである。

右知事の許可は、行政法上のいわゆる「形成的処分」の一種と考えられるが、その処分は同項第二項において、覊束行為として知事の自由裁量の余地はないようになつている。この法意は、収用法上の事業認定処分(実質的な権利の設定)の権能を有する機関の処分とはちがつて、その事業認定処分に先立つて、立入調査という準備行為を為しうる権能の賦与であるから、これを形式的に許可することとしたためであろう。そしてその故にこそ、起業者が国であるときは、その事業の公共性の推定をうけるから、単に「通知」のみを以て足りるとしたものである。果して然らば、第十一条第四項、第十二条の手続は、第十一条第一項と並列して、立入権発生の形式的要件を定めたものと解さなくてはならない。けだし、第十一条第四項は、知事の「許可」(通知をうけたこと)の公告であるが、それにつぐ第十二条第一項、第二項は、その知事の公告ないし通知を以ては未だに具体的立入行為の開始とならない状態から、すすんで具体的な立入行為の開始へと進む段階において、きわめて形式的に行われる知事の許可ないし通知による立入の形成的処分により直接その財産権に侵害をうける国民に対し、その最下位の国の機関である市町村長(第十二条第二項の事務は国の委任事務と解する)の予告を以てそのうける制約に対応する生活体勢を用意する余地を生ぜしめたからである。(このことは同条第一項が「五日前」といいきつているから明白であろう。)

したがつて第十二条第二項は、起業者の具体的立入行為開始の要件と解すべきであり、これを欠く本件立入は、違法である。

右のように考えてくると、被申請人答弁書第十頁以下にのべる局長の市町村長の通知ないし公告と同一内容の通告は、まず権限なき官庁の行為であるから、第十二条第二項の所定要件をなんら補充しないものであり、その通知により達成される目的は同一であるというも、それならば、第十一条第三項の知事の公告ないし通知を以て足りることにもなり、何故に最下位の官庁たる市町村長をしてこの公告ないし通知を要件とするようにしたかの法意を没却することになろう。

第三、(本件立入により生ずる申請人等の損害)

一、(土地の現状)

本件土地は、申請人等においてそれぞれその所有地を宅地として使用し、あるいは耕作中のものであり、その詳細は別紙図面に記載のとおりである。

二、(立入によりうける損害)

七、八月が陸稲、その他の蔬菜などの農業経営上入念な手入をする時節であることは公知の事実である。

被申請人は、土地内については、その私道や畦畔のみに立入るのであるから、申請人の被害は全くないというが、その私道、畦畔の実状は、別紙図面のようであつて、これに毎日三〇人の立入が行われるならば、目下必要とされているパラチオン薬剤の撒布(陸稲)は事実上中止せざるをえないし、蔬菜類の手入も、測量機の搬入や三〇人の歩行により阻害されること必定である。

三、(被申請人の本件仮処分認容による損害)

被申請人は、測量の遅延は、重大な損害ありというが、測量自体は、航空撮影によるとか、五日市街道と基地内の土地を利用しての測量を考えるとか為しうるものであつて、強いて本件土地内の立入をしなければ、準備行為としての測量ができないという筋合ではないと考える。

飛行場滑走路とすることについての可否の調査は、その土地の概況の調査のみを以て足りるのであり、その細い土質、面積は、単に収用決定における補償の問題でこそあれ、事業認定の準備としては不可分なことではない。

まして、この測量を至急為すべき防衛上の必要のないこと公知の現在において、被申請人の損害こそ皆無というべきである。 (以上)

(昭和三十年七月十二日付)

準備書面(二)

一、申請人等は、いずれも別紙目録土地の所有者であり、且、右土地につき、宅地あるいは農地として使用しているものである。

二、被申請人の右土地に対する立入は、左の点において違法であり、申請人等の権利の侵害である。

(一)被申請人は、土地収用法第十一条、同第十二条の所定手続のうち、第十二条第二項の手続が未だ完了しないにもかかわらず、本件土地に立入ろうとするものであつて、その違法なこというまでもない。

すなわち、右第十二条第二項は、第十一条第一項、第四項と並んで、起業者たる国の立入行為開始の必要要件と解するからである。

(二)申請人等の土地においては、被申請人が本年七月ないし八月の期間立入るときは、その農業経営上甚大な被害をうける(その事実は別紙準備書面(一)に記載のとおりである)。

そして、右被害を生ずるような立入は、被申請人においてその主張のような立入権を発生していたとしても、収用法第十一条以下の所定の立入権の範囲を超えたものである。

すなわち、右法条にいう立入とは、その対象の土地等の占有者の本来の利用権を妨げない範囲内での立入であつて、右趣旨に反する、その範囲をこえた立入はこれを為しえないものと解する。ところが、本件土地においては、その利用状況に照らすと陸稲その他の栽培に必要なパラチオン剤の撒布を断念せざるをえなくなり(その撤布は人命上も被害を生ずる危険がある)、何時どこに立入られるかも未確定な立入については、その区域全般について陸稲その他栽培を中止する結果となる。このような被害を申請人等に対し与える立入は、収用法にいわれる立入ではなく、その所定手続の充足を以てしては、未だこれを為す権能はない。

(以上)

(昭和三十年七月十三日付)

準備書面

右当事者間の御庁昭和三〇年(ヨ)第三七六四号立入禁止仮処分申請事件について、被申請人は、申請人等提出に係る本月一二日付書面に対し、順次次のように、その主張を明かにする。

第一被申請人の本案前の抗弁について

答弁書中の「申請の却下を求める理由」において記載したように、特別措置法一四条、同法施行令四条、土地収用法一一条一項但書、三項及び四項に照らせば、右条項によつて取得した立入権限に基く立入が、公権力(行政権)の行使に外ならないことは、明かである。申請人等は、右立入権に基く立入は、対等者間におけると同様な非権力的行政作用であると主張するが、もし、しかりとすれば、土地占有者の立入受忍の義務は私法上の義務であり、また、土地占有者が立入を拒否した場合には、国は民事訴訟によつて妨害排除を求めるより外に方法がなく、土地占有者は行政罰をもつて立入の受忍を強制されることはないはずである。しかるに、土地収用法一三条から明かなように、土地占有者は、立入受忍の公法上の義務を負うものであり、且つ、同法一四三条二号から明かなように、この立入受忍義務の違反に対しては、行政罰を科することとしている。従つて、右法条のみから考えても、右立入が、風俗営業取締法(六条一項、七条二項参照)、消防法(四条一項、三四条一項、四四条二項参照)等に基く立入と同様、公権力の行使(申請人等のいう権力的行政作用)であることは、明かである。なお、申請人等は、行政官庁のみが公権力を行使し得るように誤解しているが、法令又はこれに基く行政処分等によつて公権力が付与されている限りにおいては、司法機関である裁判所の行う行為(例えば、裁判所事務官の免職処分)、地方議会の行う行為(例えば、議員除名の議決--最高昭和二六年四月二八日第三小法廷判決・民集五巻五号三三六頁)、公共企業体の行う行為(例えば、専売公社がたばこ専売法四条、八条に基いてする煙草の耕作の許可、白本国有鉄道が行政機関職員定員法に基いてする職員の免職--最高昭和二九年九月一五日大法廷判決・民集八巻九号一六〇六頁)、私人の行う行為(例えば、起業者が、土地収用法一一条三項に基いて行う立入、同法三五条に基いて行う立入等)も、公権力(行政権)の行使に外ならない(同旨、田中二郎・行政法上巻一四八頁(2) )。

答弁書中の被申請人の主張第二において詳記したように、調達局長は、特別措置法一四条、同法施行令四条及び土地収用法一一条一項但書により都道府県知事に対し通知することによつて、立入権限の付与を受け、さらに、都道府県知事は、右特別措置法の法令及び土地収用法一一条四項により土地占有者に通知し、又は公告することによつて、土地占有者に対し立入受忍の義務を負わせるものであるから、右都道府県知事の土地占有者に対する通知又は公告等は、一の行政処分であるというべきである。従つて、これ等の行政処分の取消又は無効確認を求める訴を本案の訴として(最高昭和二八年六月二六日第二小法廷判決・民集七巻六号七六九頁参照)、その執行停止を求めることによつてのみ、右各行政処分の効力(広義の執行力)として行われる本件立入の停止を求め得るのである。

第二土地収用法一二条二項の意義について

申請人等は、土地収用法一二条二項に基く市町村長の通知又は公告が国の機関として行う国の委任事務であることを前提としているが、右通知又は公告が国の事務であるとする法令上の根拠は、発見し難く、地方自治法一四八条三項及び別表第四の(四十三)に徴すれば、むしろ、右通知及び公告は、国の事務ではなく、地方公共団体としての市町村の固有の事務と解すべきであろう(これに対し、土地収用法一一条一項及び四項に基いて都道府県知事のする事務が国の事務であることは、地方自治法一四八条二項及び別表第三の(百八)に徴し、明かである)。かように解すれば、右市町村長のする通知又は公告は、自己の管轄区域(地方自治法五条参照)内の住民の保護のためにする市町村長の固有事務であるから、市町村長が右通知又は公告を怠つても、これは単に市町村長の住民に対する義務違反にすぎず、答弁書中の被申請人の主張第二の第二段において記載したように、これによつて、国から付与された立入権の行使が妨げられるものではない。

かりに、右土地収用法一二条二項に基く市町村長の通知又は公告が国の事務であるとしても、答弁書中の被申請人の主張第二の第三段において記載したように、右土地収用法一二条一項及び二項の規定を一貫して考えれば、この規定の趣旨は、要するに、調達局長が、市町村長を通じて、土地占有者に対し立入の日時及び場所を通知し、これによつて、土地占有者を保護しようとするものに外ならないから、市町村長が右土地収用法一二条二項の義務に違反して通知又は公告をしない(この点については、疎乙第一号証中の四項及び疏乙第九号証の一、二)場合にあつては、調達局長が、経由機関である市町村長を経由せずに、直接土地占有者に対し立入の日時及び場所を通知した以上、これによつて、右規定の意図する土地占有者の保護は十分達成され、その手続要件は、充足された右のと解すべきである。

第三保全の必要について

一、申請人等が、立入によつて蒙る損害

被申請人が測量機を搬入したり、又は本件(一)及び(二)の土地合計約一一〇、〇〇〇坪の土地に約三〇人が歩行しても、これによつて、申請人等が農耕地内において行う蔬菜の手入及び必要な薬剤の撒布が妨害されるとは、到底考えられない。

本件(一)及び(二)の土地中の農地である部分の約半分の面積にわたり、陸稲が栽培されているように思われる。しかし、主として米国又は国内製品であるパラチオン薬剤又は主として独乙バイエル製薬会社の製品であるポリドール薬剤(以上の名称は、いずれも商品名であり、薬学上の成分は、ともに、ヂユチルパラニトロフエニールチオホスフエイト又ヂメチルパラニトロフエニールチオホスフエイト)は、主として水稲の害虫(二化貝虫)の駆除のために撒布されるものであつて、陸稲の害虫(アワノメイガ)の駆除のために使用されることは少く、使用される場合にあつても、立川市周辺にあつては、八月中旬にただ一回であり(疏乙第一〇号証中の一項、二項)、申請人の提出した野原哲作成に係る証明書記載のように、七月上旬から八月下旬までの間に三回も右薬剤を撒布する必要があるとは到底考えられない。しかし、もし、申請人等が必要ありとして右薬剤を撒布のるのであれば、被申請人は、本件立入期間内において右薬剤を撒布(右野原哲作成に係る証明書によつても、右立入期間内においては、二回である。)を妨害する意図は全くない。右撒の布ための危険期間は、一回につき撒布後約五日間(最大の安全性を考えても、約七日間)であり、しかも、右撒布の日時及び区域は公示される(疏乙第一〇号証中の三項並びに「ヂユチルパラニトロフエニールチオホスフエイト及びヂメチルパラニトロフエニールチオホスフエイト取扱基準令--昭和二八年政令九五号、改正昭和二九年政令七九号--四条四号、別添ヂエチルパラニトロフエニールチオホスフエイト及びヂメチルパラニトロフエニールチオホスフエイト製剤による農作物又は森林の害虫防除実施要綱--以下「実施要綱」という--一八項参照)のであるから、被申請人は、右危険期間内は、右薬剤の撒布されていない土地について測量及び調査を行い、右危険期間経過後に撒布された土地における測量及び調査を行う方針であり、特に右危険期間内において測量及び調査を行う必要がある場合においては、被申請人は、危険防止のための防護用具を用いその他の防護方法を講じた(疏乙第一〇号証中の三項及び実施要綱七項から一〇項、一五項、一七項)上、右測量及び調査を行うものであるから、本件土地内の陸稲に対し右薬剤を撒布することは、何等本件立入の妨となるものではない。

二、被申請人が、本件仮処分申請の認容によつて蒙る損害

本件立入は、本件(一)又は(二)の土地の使用又は収用の準備のために(特別措置法一四条及び土地収用法一一条第一項)行うものであるから、答弁書中の被申請人の主張第三の二(1) において記載したように、右土地が特別措置法三条の要件を具備するや否を判断する資料をも蒐集するためである。従つて、右土地上の立竹木、立毛及び建物の状況を調査することを要し、また、土質の外観上の調査及び土地の高低の調査をも必要とするものである(疏乙第一一号証)が、かかる調査が、申請人等主張のような航空撮影又は五日市街道等からする調査によつては、達成し得ないことは明白である。また、本件(一)又は(二)の土地が特別措置法三条の要件を具備する場合においては、東京調達局長は、特別措置法四条に規定する使用認定申請書又は収用認定申請書を提出することを要すが、右申請書及び添付書類には、同法施行令一条、同法施行規則一条、二条及び様式第一号、第二号から明かなように、土地の坪数、構造、形状、現在の用途等を記載することを要するから、土地の使用又は収用の準備のために行う本件立入にあつては、土地の坪数、構造、形状、現在の用途等をも測量及び調査をすることを要するものである。右のような測量及び調査が、五日市街道又は基地内からの測量及び調査によつては、不可能であることは、自明の理である。さらに、本件(一)及び(二)の土地内には、建物があり、その周辺には樹木があるのみならず、五日市街道の沿道等には樹木が多い(申請人等提出の写真、特に3、4、5、18及び19参照)ため、航空撮影によつては、右各事項を正確に測量及び調査し得ないことは明かである。以上の事実に徴すれば、右調査及び測量のためには、本件(一)及び(二)の土地に立ち入ることが当然必要である。

なお、右調査及び測量は至急にする必要がないとする申請人等の主張は、憲法九八条二項によつて誠実に遵守することを要求されている条約である安全保障条約及びこれに基く行政協定を無視するものであつて、申請人等の独自の立場に立つた独自の見解に立脚するものと断ぜざるを得ない。

(昭和三十年七月十四日付)

準備書面

一、被申請人の本案前の抗弁について

被申請人は土地収用法(以下単に法という)による事業準備のための起業者(本件においては調達局長以下単に局長という)の立入については、土地占有者は立入受認の義務を負い、右義務に違反した場合には行政罰を科しうることよりみて右立入が、風俗営業取締法等に基く立入と同様、公権者の行使であることは明らかであると主張されるが、前記罰則規定は、立入の実効を確保するための規定で、刑罰を以て強制されることから直ちにこれが公権力の行使であるとは即断しえないといわざるをえない。

二、土地収用法第一二第二項について

被申請人は「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う土地等の使用に関する特別措置法(以下単に特別措置法という)第一四条、同法施行令第四条及び法第一条三項の規定から勿論的に調達局長は土地等に立入る権限を取得すると主張され、更に同条第四項の規定により、土地等の占有者の立入受認の義務が発生するものと解されるが、右法第一一条三項のみによつては調達局長の土地等の立入権限は抽象的に賦与発生するも、法第一二条の手続を履践しなければ具体的の立入権限は生じえないものと解すべきである。右の理は、被申請人の同法第一二条一項の手続をなすことにより、調達局長の立入手続は全て完了するという主張にも窺いしられるとおりである。

被申請人が法第一二条一項の手続を要すると解されながら、第二項以下の必要を認められないのは理解に苦しむものである。

第二項の手続は単に土地等の占有者の保護にあると主張される模様であるが、土地収用法全体が憲法第二十九条の精神を汲む所有権者等の権利の保護を目的とするものであり、法第一二条二項も又土地等の占有者の権利保護の方法を規制したもので、法に規定された以外の方法によつたとしても、それは法的には無意味な手続であつて、実質的に法の意図した結果に合致するやは問うところではない。

これを更に法第一二条の個々の規定について検討するならば、同条第一項は法第一一条をうけて、調達局長は事実的に立入ろうとするときは、五日前までに、その日時等を市町村長に通知することを要し、市町村長は直ちにその旨を土地等の占有者に通知等しなければならないとあつて、第一項第二項は一連の包括的規定とみるべきで、特にこの点旧法(明治三十三年法律第二九号第一〇条)において、起業者の通知と市町村長の通知等を同一項に規定してあつたことより考えても法第一二条第一第二項は別個に観察されるべきではなく、旧法と同様に一括的に、調達局長の具体的立入権の行使要件を定めたものと解すべきで、第二項のみが注意的乃至附加的規定であると解すべきではない。

又第三、第四項の宅地等の立入についての告知、又は夜間の宅地等の立入禁止の規定も第一、第二項の手続を完了することによつて取得した調達局長の具体的立入権を前提して始めて理解しうるものであるのみならず、法第一三条の立入受認義務が法第一二条の規定の後になされていることも又同様といわねばならない。

まして新憲法によつて、個人の財産権の保護が高度化され、更に地方自治の精神から考えてみても、法第一二条が法的に無意味なものと解すべきではない。被申請人は法第一一条四項の都等知事の通知等は法的効果を生じる行政処分なりと解されながら、法第一二条二項の市町村長のそれは何ら意味のないものと区別して主張される根拠について理解に苦しむものといわざるをえない。

三、被申請人は法第一二条二項の事務は国の委任事務でないと主張されるが、然しながら地方自治法第一四八条三項及び別表四はこれを制限的に解釈すべきではなく、これをもつて直ちに法第一二条二項の事務が市町村長の固有の事務であるというべきではなく法第一一条第一二条の立法趣旨及び法的配列から考えてみてもこれは国の委任事務とみるべきで地方自治法第一四八条二項及び別表三の「百八」によるならば都等の知事の法第一一条四項の通知等が国の委任事務であるとの規定は存しないものといわざるをえず、被申請人はこれを国の委任事務であるとの規定は存しないものといわざるをえず、被申請人はこれを国の委任事務と解されていること自体、別表は制限的に解すべきではないことを認めて居られることと考える。

仮に法第一二条二項の事務が国の委任事務ではないとしてもその効力については申請人主張第一項においてのべたところと何らかわるところはない。

(昭和三十年七月十九日付)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例